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  • shiranegakudo

流行りの「多様性」について考えてみる③

 本日ですが、多様性を理解できない人はどういう人なのか説明します。


 多様性を理解しようとしない人は「傲慢な馬鹿」である。



 だいぶ言葉が悪いようであるが、間違えないと思います。実際に心理学の研究でも同じようなことを言われていますし、僕の中ではこれはかなり真理をついていると思っています。これがどういうことなのか、詳しく説明していきます。


 まず、以前に説明した多様性を完全に理解すると言うのは不可能であると言うのが前提になっています。本当にそうなのか?と思っている方もいると思うので、ブログの管理人である「私」についての多様性について考えていきます。私は学童クラブで働いている人間で、読書やスポーツ、健康、教育といったものに興味のある人間です。しかしなぜ自分がこのような人間になったかを説明しろと言われれば、完璧に説明しきません。

 現在の私になったのは、様々な要因が介在しています。遺伝、家庭環境、友人関係、その他様々な偶然が重なり合って今の私を作っているのです。たった1人の、しかもその生涯をずっと追ってきたはずの自分でさえ、自分のことを理解しきれていません。


 それなのにもかかわらず、「黒人は危ない」といった多様性を理解しようともせず、差別的な発言をしようとする人たちは、傲慢としか言いようがないのです。私たちの一生をかけたって、その人やその人種の完全な理解はできないのですから。


 また、その人や人種について100%理解できないにしても、1%なら理解できるかもしれない。どこまでなら自分の力の及ぶ範囲なのかを理解できる人と言うのは賢い人であり、その反対は馬鹿でなのです。

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